このたび、理化学研究所の特別研究員である梅畑豪紀博士やダーラム大学のミケーレ・フマガリ教授などからなる国際共同研究グループが、地球からみずがめ座方向115億光年という遠くの場所に、いくつかの銀河にまたがって広がる「蜘蛛の巣」のような水素ガスを確認し、2019年10月3日の科学誌「サイエンス」に報告しました。日本の研究所などが発見したということで、興味深いですね。今回はこの「宇宙の蜘蛛の巣」について紹介してみましょう。
宇宙の過去を観測する!?
普通の見方だとちょっと変に思うかもしれませんが、宇宙の彼方から地球へと届く光は、膨大な長い時間をかけてたどり着いく光になります。遠くの宇宙からの光を地球で観測するということは、過去の宇宙の姿を観測するということになるわけです。
宇宙が誕生してから約138億年という歴史を知るためには、異なった距離に位置している天体を観測することが大事です。今から約110億年ほど前に、恒星や巨大ブラックホールが勢いよく生み出されていたとされていて、今回梅畑博士たちの観測したものは、この星々がたくさん生み出されていた宇宙なのです。
しかし、宇宙のいたるところで恒星・ブラックホールが生まれていたわけではありません。宇宙の形成モデルの「冷たいダークマターモデル」では、この約110億年ほど前に水素ガスが蜘蛛の巣のように広がって、そこから恒星・銀河・ブラックホールのような天体が誕生していたとされています。
水素ガスが宇宙に与える影響
では、この水素ガスが宇宙にどのように影響を与えるのでしょうか?
初期宇宙では、天の川銀河よりも数百倍〜数千倍ものスピードで星を生んでいた銀河があり、銀河の中心には太陽のなんと約1億倍という巨大な質量のブラックホールが、著しい成長をしていたと考えられています。これらの銀河・巨大ブラックホールを成長させるのに必要な原材料となるのが、水素が主成分のガスです。
宇宙空間にある膨大な水素ガスは、お互いの重力で引き合って密集していき、それがさらに水素ガスを集め、もっと大きな天体に成長していきます。地球近くの宇宙でも蜘蛛の巣状に銀河があるため、これが蜘蛛の巣のように広がっていた水素ガスに沿って星たちが生まれたことを示唆しています。ただ、このような間接的証拠はありますが、これまでに星々が次々と生み出されていた過去(遠く)の宇宙で、蜘蛛の巣状に水素ガスがあることは観測されていませんでした。
というわけで、このたびの梅畑博士らの国際共同研究グループの観測は、世界で初めてこれを確認したことになるわけで、大きな業績なんですね。
水素ガスの観測方法について
梅畑豪紀博士らの国際共同研究グループは、どのように世界初の蜘蛛の巣状に漂う水素ガスを観測に成功できたのでしょうか。このたび観測に成功した領域は、成長中の銀河・ブラックホールがたくさんに存在することが以前の観測から分かっていた場所「原始銀河団SSA22」です。最初に、活発な銀河・巨大ブラックホールの分布地図を作成しました。このとき使った望遠鏡が「アルマ望遠鏡」です。
このアルマ望遠鏡はミリ波の観測ができて、これによって塵を捉えて星を次々に生んでいる銀河を見つけます。さらに、X線で巨大なブラックホールを調べ、発見した天体までの距離を「分光観測」で調べました。結果、18もの銀河と巨大ブラックホールが、400万光年という範囲で集まっていることが確認されました。
この「クモの巣」の主成分である水素ガスは、この銀河・巨大ブラックホールの光を受け、紫外線波長域で光ることが知られています。遠くの宇宙からの光は、「宇宙膨張」により波長が長くなって、可視光によって観測できます。これまでの「すばる望遠鏡」で撮像された画像を解析した結果、水素ガスの光がだんだんと見えてきました。
さらにこれを詳しく調べるため、「VLT望遠鏡」で追観測をしました。この望遠鏡の「MUSE」という装置を使い、スペクトルを含めた3次元の情報を得ることに成功、これにより、大規模な水素ガスの「クモの巣」が初めて見つかりました。このように、X線・可視光・赤外線・ミリ波という、多くの観測を組み合わせて、宇宙網がある3次元地図を描き出しました。
観測結果では、例外なく銀河・巨大ブラックホールはこの宇宙網に沿いながら存在していたとのことです。
壮大なスケールの宇宙の歴史を知る
これまでの天体進化の理解は、銀河・ブラックホール等を個別に観測したデータをもとにしたものがほとんどでした。今回は、水素ガスが仲介役となって銀河がお互いに合わさって成長していく姿を確認したもので、これは過去の宇宙でいくつのも天体が影響しあって進化していくメカニズムを解き明かす、非常に貴重なデータといえるでしょう。銀河やブラックホールを結びつけてきたというこの水素ガスを観測し続けることが、私たちに宇宙の歴史についての新しい知識を与えてくれるでしょう。